東京地方裁判所 昭和55年(ワ)8762号 判決 1983年3月31日
原告 松本新一朗
右訴訟代理人弁護士 正田昌孝
被告 新日本ゴールドコメックス株式会社
右代表者代表取締役 吉澤英哲
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 吉井文夫
右訴訟復代理人弁護士 浅野利平
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一二万一二二六円及びこれに対する昭和五六年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三五分し、その三四を原告の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (被告新日本ゴールドコメックス株式会社関係)
(一) (主位的請求)
被告新日本ゴールドコメックス株式会社は、原告に対し、四九五万円及びうち四五〇万円に対する昭和五五年七月六日から支払済みまで年一割二分、うち四五万円に対する同年八月二五日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。
(二) (予備的請求)
被告新日本ゴールドコメックス株式会社は、原告に対し、四一八万一八〇五円及びうち三八万円に対する昭和五五年八月二五日から、うち三八〇万一八〇五円に対する昭和五六年一二月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 (被告吉澤英哲関係)
被告吉澤英哲は、原告に対し、四一八万一八〇五円及びうち三八万円に対する昭和五五年八月二五日から、うち三八〇万一八〇五円に対する昭和五六年一二月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告両名の答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(被告新日本ゴールドコメックス株式会社に対する主位的請求関係)
一 請求原因
1(一) 鈴木利夫(以下「鈴木」という。)は、原告から昭和五二年五月一八日、被告新日本ゴールドコメックス株式会社(当時の商号は「株式会社東京ゴールドリサーチ」。以下「被告会社」という。)のためにすることを示した上、純金地金一〇〇〇グラムを返還時期昭和五三年五月一八日、利息年一割二分の約定で借り受けた。
(二)(1) 被告会社は、鈴木に対し、右契約に先だって、その代理権を与えた。
(2) 仮にそうでないとしても、
(ア) 被告会社は、鈴木に対し、右契約に先だって、純金地金の販売及び先物取引に関する行為について代理権を与えた。
(イ) 原告は、右契約の当時、鈴木に被告会社を代理して右契約を締結する権限があると信じた。すなわち、原告は東日本医師協同組合(以下「東医協」という。)を取引相手と考えたものであるが、被告会社は、自社の名では知名度及び信用性に欠けて商売がうまくいかないため、東医協と共同して東医協の名において被告会社自身の取引を行ったのであるから、原告が取引相手と考えた東医協という名の団体は本件取引に関する限り実は被告会社であったのである。
(ウ) 右契約の際、鈴木は被告会社の営業部長の地位にあり、その代理権があるようにふるまっていたし、被告会社の従業員である北川成も鈴木に右代理権があることを窺わせる言動をしたのであるから、原告が鈴木に右契約締結の代理権があると信ずるにつき正当の理由がある。
2 原告は被告会社に対し、前記消費貸借契約に基づく本来の給付すなわち純金地金の返還につき相当の期間を定めた履行の催告をしていないが、次のような事情の存する本件においては、原告は、被告会社に対し、右催告及び契約解除をしないで、直ちに金銭による填補賠償を請求することができると解すべきである。
(一) 右契約に定めた返還期日を徒過してから本訴提起に至るまで約二年三か月間を経過しており、本訴提起当時、被告会社には本来の給付をする意思が全く窺われなかった。
(二) 催告は、債務者に本来の給付をする機会を与え、同人が本来の給付をする場合以上の不利益を受けないようにするものであるところ、右契約の本来の給付は純金地金の引渡しであり、純金地金は国内どこにおいても一定の相場による高度の換金性があるから、債務者にとっては、純金地金の引渡しをすることと、これに代わる賠償として右純金地金の価格に相当する金員を支払うこととは全く同じであって、債務者の利益のために本来の給付の履行を催告する必要はない。
(三) 被告会社は、別件当庁昭和五四年(ワ)第一二四六二号物品引渡等請求事件(昭和五六年四月一六日訴訟上の和解成立により終了)において本訴の提起される約三か月前に、本件損害賠償請求について、東医協から訴訟告知を受けている。
3 原告は、被告会社の履行遅滞を理由として目的物である純金地金に代わる損害の賠償を求めるものであるが、その賠償額は、本訴提起時の純金地金一〇〇〇グラムの価格である四五〇万円を元本として算定すべきである。けだし、契約を解除して損害賠償を請求する場合には解除の時を基準として損害額を算定すべきであり(最高裁判所昭和二八年一二月一八日判決民集七巻一二号一四四六頁参照)、相当期間を定めた催告をした上契約を解除しないままで損害賠償を求める場合には右相当期間を経過した時を基準とすべきであるところ、本件は催告の不要な場合であるから、損害賠償請求の意思を明らかにした時である本訴提起時を基準とするのが相当である。なお、原告は、別表(一)記載のとおり、鈴木から前記消費貸借契約に基づく利息及び遅延損害金として合計一三八万七〇五〇円の支払を受けたので、これを別表(二)記載のとおり、貸借期間中の利息及び返還期日の翌日である昭和五三年五月一九日から昭和五七年七月五日までの遅延損害金に充当すると、残額は、元本四五〇万円及びこれに対する昭和五五年七月六日から支払済みまで年一割二分の割合による遅延損害金となる。
また、被告会社が任意に損害の賠償をしなかったので、原告は、やむなく本訴の提起・追行を本件原告訴訟代理人に委任し、同代理人に対し、相当額の弁護士費用の支払を約したが、そのうち前記元本額の一割に相当する四五万円は被告会社の履行遅滞と相当因果関係のある損害として被告が負担すべきである。
4 よって、原告は、被告会社に対し、消費貸借契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、四九五万円及びうち四五〇万円に対する昭和五五年七月六日から支払済みまで約定の年一割二分、うち四五万円に対する訴状送達の翌日である同年八月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の各割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1の(一)の事実は否認する。
(二) 同1の(二)について、(1)の事実は否認する。(2)の(ア)の事実のうち、被告会社が鈴木に対し、右契約に先だって、東医協の組合員に純金地金を販売することの代理権を与えたことは認め、その余は否認する。(2)の(イ)のうち、原告が右契約の当時東医協を取引相手と考えたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。(2)の(ウ)の事実は否認し、主張は争う。純金地金の販売と異なり、純金地金の貸借は被告会社の業務内容に属さないものである。また、原告は、東医協を信用して取引をしたのであり、被告会社については全く意にとめていなかったものである。
2 同2の冒頭柱書部分の事実のうち、原告が被告会社に対し、純金地金の返還につき相当の期間を定めた履行の催告をしていないことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
同2(一)の事実は否認する。
同2(二)の事実は否認し、主張は争う。
同2(三)の事実は認める。
3 同3の事実のうち、原告が鈴木から別表(一)記載のとおり金員の支払を受けたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
三 抗弁(基本代理権の消滅)
被告会社は、昭和五二年四月末日、鈴木を解雇したので、同日、鈴木の被告会社を代理して東医協の組合員に純金地金を販売する権限は消滅した。
四 抗弁に対する認否
否認する。
五 再抗弁
原告は、前記消費貸借契約当時、鈴木の被告会社を代理する権限が消滅していたことを知らなかった。
六 再抗弁に対する認否
否認する。
(被告会社に対する予備的請求関係)
一 請求原因
1 鈴木は、原告に対し、被告会社が昭和五二年三月二日原告に売り渡した純金地金一〇〇〇グラムに関し、真実はこれを返還する意思がないのにあるように装い、「この純金地金を東医協に預ければ利益の配当があるから預けてみないか。」と虚言を申し述べてその旨原告を誤信させ、昭和五二年五月一八日、返還期日昭和五三年五月一八日、利息年一割二分の約定で東医協が借り受ける形式の消費貸借契約を締結させ、原告から右契約名下に純金地金一〇〇〇グラムの交付を受け、これを騙取した。
2(一) 鈴木は、右1記載の不法行為の当時、被告会社の被用者であった。
(二) 純金地金に関する取引は、もともと東医協の業務でなく被告会社の業務であったところ、被告会社は、その営業を拡張するため、昭和五一年一一月八日東医協との間で、互いに協力して純金地金を販売する旨の契約を締結したものであり、被告会社の営業部長である鈴木は、右契約に基づいて純金地金の販売を担当し原告と取引をしていたものであるから、右1記載の不法行為は被告会社の業務の執行につきされたものである。
3 原告は、右1記載の不法行為の結果、純金地金一〇〇〇グラムを失う損害を被ったものであるところ、本訴提起時の右価格は四五〇万円を下らないから、便宜上右金額を基準として賠償額の算定をするのが相当である。仮に、不法行為責任に基づく賠償額算定の基準時が原則として不法行為時であるとしても、原告は返還期日までは詐取されたことに気づいていないのであるから、少なくともその間に増加した損害の賠償は当然に請求し得ると解すべきであるし、被告らは純金地金取引の専門家であり、損害賠償請求権発生時以後の純金地金の価格騰貴を十分に予見し得たものであるから、右価格騰貴により原告が得べかりし利益を喪失した損害は前記不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。また、右不法行為は、過失によるものではなく故意によるものであるから、賠償範囲はできるだけ被害者である原告に有利に考えて然るべきである。なお、原告は、別表(一)記載のとおり、鈴木から損害の賠償を受けたので、これを別表(三)記載のとおり、遅延損害金及び元本に充当すると、残額は三八〇万一八〇五円となる。
また、被告らが任意に損害の賠償をしなかったので、原告は、やむなく本訴の提起・追行を本件訴訟代理人に委任し、同代理人に対し、相当額の弁護士費用の支払を約したが、そのうち右残額の一割に相当する三八万円は前記不法行為と相当因果関係のある損害である。
4 よって、原告は、被告会社に対し、民法七一五条一項に基づき、四一八万一八〇五円及びうち三八万円に対する不法行為の後であり、かつ、訴状送達の翌日である昭和五五年八月二五日から、うち三八〇万一八〇五円に対する昭和五六年一二月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2の(一)の事実は否認する。鈴木は、かつて被告会社の被用者であったが、昭和五二年四月末日をもって退社したので、不法行為当時は被告会社の被用者ではなかった。同2の(二)の事実のうち、被告会社が、昭和五一年一一月八日東医協との間で、互いに協力して東医協の組合員に純金地金を販売する旨の契約を締結したこと、鈴木が右業務を担当していたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。被告会社は、鈴木を東医協の事務所に派遣して右業務を担当させていたが、販売の実績が上がらなかったため、昭和五二年二月二五日、右事務所から被告会社の机、椅子、什器備品等を引き揚げ、右契約に基づく純金地金販売の業務を一切中止したのであるから、同日以後に鈴木が東医協との個人的関係を利用して同事務所においてした原告との取引は、被告会社の業務の執行につきされたものではない。また、被告会社の目的たる業務は、純金地金等の販売及び輸出入業務等であり、純金地金を借用し、これに対する利息を支払うようなことは、被告会社の業務執行とは全く関係がない。
3 同3の事実は否認し、主張は争う。不法行為責任に基づく賠償額算定の基準時は損害発生時であり、原告の主張する事実を前提とすれば、原告が純金地金一〇〇〇グラムを騙取された昭和五二年五月一八日が右基準時である。同日における純金地金一〇〇〇グラムの価格は一三九万円である。
三 抗弁
1 原告における重大な過失の存在
純金地金の利息付消費貸借契約を締結することが被告会社の業務と無関係であることは明白である上、利率が年一割二分という高率で話がうますぎること、更に、鈴木は純金地金を受け取った際被告会社を使用せず鈴木個人名義の預かり証を原告に交付していることなどから、原告は、わずかな注意を払いさえすれば、鈴木の行為がその職務権限内において適法に行われたものであるかに疑いを抱き、東医協又は被告会社に問い合わせるなどして容易に鈴木の欺罔行為を看破して損害の発生を防止し得たにもかかわらず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もって一般に要求される注意義務に著しく違反した重大な過失により損害を被ったものである。
2 過失相殺
仮に右1の主張が認められないとしても、原告において、一般に要求される注意義務を尽くさず、鈴木の言辞を軽信して純金地金を交付した過失があることは明らかであるから、右の点は損害賠償額の算定につき斟酌されるべきである。
3 損害の賠償
(一) 原告は、前記不法行為による損害の賠償として、鈴木から、別表(一)記載のとおり、合計一三八万七〇五〇円の支払を受けた。
(二) 原告は、昭和五六年六月三〇日、前記不法行為による損害の賠償として、東医協から、三〇万円の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認し、主張は争う。被告会社は、純金地金の販売のみならず、純金地金を担保として預った上でのいわゆる先物取引(相場取引)をも行っていたのであるから、被告会社の内部の事情を知らない原告が、前記消費貸借契約の締結が被告会社の事業としてされたものと信じるについては相当の理由がある。また、鈴木は被告会社の営業部長の地位にあったのであるから、その言辞を信じたことにつき何らの過失もない。
2 抗弁2の事実は否認し、主張は争う。
3 抗弁3の事実について、(一)は認める。(二)のうち、原告が昭和五六年六月三〇日に東医協から三〇万円の支払を受けたことは認め、その趣旨は争う。右金員は、原告が東医協に対する訴えを取り下げる対価として支払われた和解金であって、原告の損害の賠償として支払われたものではない。
(被告吉澤英哲に対する請求関係)
一 請求原因
1 被告会社に対する予備的請求の請求原因1ないし3と同じであるから、ここに引用する。
2 被告吉澤英哲(以下「被告吉澤」という。)は、被告会社の代表者であるところ、法人たる被告会社において被告会社に代わって現実に事業及び被用者を監督すべき地位にあり、現に、被告会社と東医協との間の前記契約を締結する際には自ら被告会社のために東医協と交渉にあたり、右契約締結後には鈴木を東医協の事務所に派遣・常駐させ、自ら度々同事務所に出向いて鈴木を監督していたものである。
3 よって、原告は、被告吉澤に対し、民法七一五条二項に基づき、四一八万一八〇五円及びうち三八万円に対する不法行為の後であり、かつ、訴状送達の翌日である昭和五五年八月二五日から、うち三八〇万一八〇五円に対する昭和五六年一二月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告会社に対する予備的請求の請求原因1ないし3に対する認否と同じであるからここに引用する。
2 請求原因2の事実のうち、被告吉澤が被告会社の代表者であることは認め、その余の事実は否認する。
三 抗弁
被告会社に対する予備的請求の抗弁1ないし3と同じであるから、ここに引用する。
四 抗弁に対する認否
被告会社に対する予備的請求の抗弁に対する認否1ないし3と同じであるから、ここに引用する。
第三《証拠省略》
理由
第一被告会社に対する主位的請求について
一1 請求原因1の(一)の事実のうち、鈴木が原告から、昭和五二年五月一八日頃、純金地金一〇〇〇グラムを返還時期昭和五三年五月一八日、利息年一割二分の約定で借り受けたことは、《証拠省略》により認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 そこで次に、鈴木が右借受けの際、被告会社のためにすることを示した上契約したか(鈴木が被告会社の代理人としての立場で契約したか)否かについて判断するに、《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、当時北海道虻田郡虻田町在住の歯科医師であり、業務上純金地金を使用することもあって純金地金の価格の変動及びその購入についてかねてから関心を持っていたところ、昭和五二年一月頃差出人を東医協事業部と表示した純金地金購入勧誘の往復葉書を受け取ったことから、その購入を決意し、右の返信用葉書をもって純金地金一〇〇〇グラムの購入を申し込み、相手方の営業部長を名乗る鈴木の電話による指示に従い、同年三月二日、右純金地金一〇〇〇グラムの代金として一三八万七〇五〇円を太陽神戸銀行神田橋支店の東医協事業部名義の普通預金口座(口座番号一一九六三九二)へ振り込んで支払った。
(二) 右代金支払に対し、右同日付けで、右代金受領と純金地金一〇〇〇グラムの発送を通知する内容の差出人名義を東医協とする手紙が原告に届き、続いて純金地金一〇〇〇グラムが原告に送付されてきた。
(三) その後、原告は、鈴木及びその部下の北川成から、電話で、右購入に係る純金地金を東医協に預けることを再三勧誘された結果、同年五月一〇日前後頃、右預入れを決意してその旨を東医協事務所内の鈴木又は北川成に電話で伝え、同月一三日、右純金地金一〇〇〇グラムを東医協事業部北川あてに書留郵便で発送した。右純金地金は、遅くとも同月一八日には東医協事務所に配達され、鈴木がこれを受領した。右勧誘に当った鈴木及び北川成は、純金地金の預入れ(貸借)先を東医協であるとして再三の勧誘を行い、電話による右勧誘においては被告会社につき何ら言及することがなかったので、原告は、彼らを東医協の被用者と考え、純金地金を東医協に預けるものと考えていた(原告が東医協を取引相手と考えていたことは当事者間に争いがない。)。
右認定事実によると、鈴木が原告から純金地金を借り受けるに当たり被告会社のためにすることを示した上契約を成立させたものであるとは到底認めることができず、かえって鈴木は東医協のためにすることを示していたものと認められる。
ところで、《証拠省略》によると、鈴木の指示により同人の部下であった木島田津子から原告に対して、昭和五二年三月中旬頃に利殖及び財産保全のため純金地金の預入れを勧誘する被告会社の名称等を表示した手紙が送付され、また、同年四月下旬頃には右木島の身分(被告会社調査部)を表示した名刺が同封された上、セールス用の新聞記事等の切り抜きが送付されたところ、原告はそれらに目を通して被告会社の存在等を知ったことが認められるが(右認定に反する証拠はない。)、その認識の程度についてみると、《証拠省略》によれば、右書簡類は、いずれも、東医協の専用の封筒(先の純金地金売買の際にその代金受領と純金地金の送付とを通知する手紙に用いられたものと同一のもの。)を用いて送付されたものであるが、その封筒の裏面には右東医協の名称等の印刷記載の末尾にゴム印で被告会社の商号と事務所の所在地、電話番号の記載があるものの、これと並列してその中間に「東日本医師協同組合貴金属事業担当部」の文言も押捺記載されているのであって、これらの表示を見る限り、原告が被告会社を意識したとしても、これを東医協の委託を受けてその内部の事業を担当する機関にすぎないと考えても無理からぬものであったこと、しかも、原告が純金地金を預けることを決意したのは、主に前述の鈴木らによる電話の勧誘に因るものであり、右二通の手紙が原告の動機形成に大きな意味を持たなかったことを認めることができ(右認定に反する証拠はない。)、これらの事実に前認定の事実を総合すると、右書簡又はその封筒の裏面に被告会社の名称が表示されていたことは、必ずしも交渉の当事者にとって純金地金の貸借の借主が被告会社となるとの意味を持つものではなかったと認めるのが相当である。 したがって、これらの事実から右純金地金の消費貸借契約の成立の際、被告会社のためにする旨が表示されていたと認めることはできない(なお、《証拠省略》によると、被告会社は、昭和五一年一一月八日、東医協との間において、被告会社が東医協に毎月一〇万円を支払い、東医協は被告会社の社員が東医協事務所内に常駐してその組合員に純金地金を販売することに協力する旨の契約を締結したこと、右契約に基づき、被告会社の営業部長鈴木と若干名の部下が東医協事務所内に常駐し、東医協の組合員らに純金地金を販売する営業活動を行っていたことを認めることができるのであるが、他方、前掲各証拠によれば、右販売活動は専ら被告会社の計算によって行われ、東医協自身が売主になったものではないこと、また、東医協は、右販売活動の便宜をはかることによりその見返りを得ようとしたにすぎず、被告会社が東医協の名称を自己の名称として用いて営業することまで承諾していたものではないこと(《証拠判断省略》)を認めることができ、以上のような被告会社と東医協との関係を前提にして考えると、鈴木が右契約に定めた範囲を越えて、東医協自身が純金地金の借主であるかのごとき言動をしたことをもって、鈴木が被告会社のためにすることを表示したと同視することができないことはいうまでもないところである。)。
そして、他に、原告主張の顕名の事実を認めるに足りる証拠はない。
二 以上のとおり、鈴木が原告から前記純金地金一〇〇〇グラムを借り受けるに当たり被告会社が借主であることを示した事実は、これを認めることができず、むしろ、東医協のためにすることを示して契約を締結したものと認めることができるのであるから(したがって、全く顕名のない場合に関する民法一〇〇条ただし書、商法五〇四条の適用の余地はない。)、結局、右消費貸借契約の効果が被告会社に生ずるということはできない。したがって、被告会社に右効果が生ずることを前提にする原告の被告会社に対する主位的請求原因は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第二被告会社に対する予備的請求について
一 鈴木の不法行為
《証拠省略》によると、鈴木は、原告が昭和五二年三月上旬頃純金地金一〇〇〇グラムを受領した後、原告に対し電話で、右純金地金を東医協に預けるよう再三勧誘したこと、右勧誘に当たり、真実は東医協が預託を受けるのではなく、また鈴木には東医協を代理する権限がなく、鈴木の真意は、預かった純金地金を鈴木個人の裁量により売却し又は担保に入れ、純金地金の予約取引をして相場の変動により自ら利益を得るところにあったにもかかわらず、鈴木は、真実を告げれば原告が純金地金を預けてはくれまいと考え、原告に対し、預託を受けるのは東医協であり、銀行金利以上の利息を支払う上必要なときにはいつでも返却する旨を告げる一方、その純金地金を売却して元手にし又は担保に入れて鈴木個人が金相場に手を出すことはあえて告げなかったこと、原告は、右のような勧誘の結果、東医協に純金地金を預けることにより、その元本を失うことのないのは勿論、確実に利息を得ることもできるものと信じ、同年五月一三日、純金地金一〇〇〇グラムを東医協事業部にあてて発送するに至ったこと、そして、原告は、結局、純金地金の返還を受けることができなかったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、鈴木の原告に対する勧誘の内容は、実際上の借主が誰であるのか、更にどのような趣旨で借り受けるのかなどという点で真実を秘し、仮に、原告において、実際上の借主が東医協ではなく鈴木個人であり、しかも鈴木において右純金地金を利用して損失を被る可能性もある金相場の取引に手を出そうとしていることを知っていたならば、右預入れをしなかったものと推認するに難くない。そうすると、鈴木の右勧誘行為は、虚偽の事実を告げて原告をその旨誤信させ、それに因り純金地金を交付させる行為であるから、欺罔により純金地金を騙取する行為として不法行為を構成すると解するのが相当である(なお、鈴木において、右借受け当時、右純金地金を返還する意思がなかったことは、本件全証拠によっても認めることができないが、このことは、右に述べたところから明らかなとおり、不法行為の成立を妨げるものではない。)。
二 業務執行関連性
1 まず、鈴木の雇用関係の終了時期との関係で被告会社の使用者責任の成否について検討するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 鈴木は、昭和五一年頃、東医協と提携してその組合員らに対し純金地金を販売することを企画し、かねてから懇意にしていた大和商工株式会社代表取締役窪田運の紹介で右企画を東医協に申し入れ、昭和五一年一〇月七日、大和商工株式会社の営業本部長として同社と東医協との間に、右販売の協力に関する契約を締結させた。しかし、大和商工株式会社が金の取引協会に入っておらず純金地金の卸しを受けられないことや同社の社長と意見が合わなくなったことなどから、鈴木はまもなく同社を退社し、右同様の企画を今度は被告会社に持ち込み、被告会社代表取締役吉澤の了解を得て、同社に営業部長として入社して右企画を担当することとなり、同年一一月八日、同社と東医協との間に前記認定の契約を締結させた(昭和五一年一一月八日に右契約が締結された事実は当事者間に争いがない。)。
(二) 右契約締結当時、被告会社は、神田錦町に本社を置き、西新宿に事業所を有していたが、鈴木は、右事業所の仕事を担当する外、主に右契約に基づき東医協事務所に出向してその組合員らに対し純金地金を販売する営業に当たった(鈴木が右契約に基づき東医協事務所に出向し右営業に当たったことは当事者間に争いがない。)。その頃の鈴木の部下は、北川成、大屋某及び木島田津子の三人であるが、前二者は鈴木が右営業をするため連れてきて一緒に被告会社に入社した者であり、後者は鈴木が右営業のために新たに募集して被告会社に入社させた者であった。
(三) 鈴木の担当した東医協事務所における営業は終始赤字経営であったので、被告吉澤は、右営業を打り切り、更に東上野に新たに事務所を借り、従来の神田錦町の本社並びに西新宿及び東医協事務所内の各事業所を引き払って右事務所に統合して事業の合理化を図ることを決め、昭和五二年二月二五日、これを実行に移した。右営業打切り及び事業所統合に伴い、大屋某は同月末日限りで退社し、木島田津子は右統合の翌日から東上野の新本社に勤務して金のアクセサリーの訪問販売を担当することになった。
(四) しかしながら、右事業所統合に際し、被告吉澤は、被告会社と東医協との間の前記契約に関しては、もともと右企画をたて被告会社に持ち込んだのが鈴木であったことから、将来は鈴木自身又は鈴木の捜してくる新たな金融主が被告会社に替わって右契約を継承することが予想されたため、被告会社としての営業は一応打ち切るがあとの処置は鈴木に任せることとし、東医協に対しては解約の意思表示も営業打切りの通知もしなかった。そして、鈴木は、右統合後も、東医協において従前と同様の営業を続け、東上野の新本社の被告吉澤に電話で金相場等に関し連絡をとる外、週一、二回程度新本社に顔を出し、木島田津子に同年三月上旬から四月下旬までの間に三回にわたり原告あての手紙を書かせるなどしていたが、鈴木が被告会社のために仕事をすることは右統合後実質的にはほとんどなくなっていた。
(五) このような状況の下で、被告吉澤は、鈴木が入社に際して持ち込んだ右企画が失敗し同人が被告会社で更に仕事を続けていくにつき先行きの見通しがないことから、同人に対し退社を懇請するに至り、鈴木もこれを了承して同年四月末日限りで被告会社を退社した。
(六) 鈴木は、右退社後も、東医協事務所内において、山下某らを使用して事実上従前と同様の営業を続ける一方、他の会社に右営業の企画を持ち込んだり、奥長某と共に新会社設立の準備をしたりしていたが、同年夏頃、東医協に無断で「東日本医師協同組合貴金属部営業部長鈴木利夫」というあたかも東医協の職員であるかのような名刺を使用していることが発覚して東医協の理事長宮川知平の怒りを買った結果、以後東医協事務所に立ち入ることができなくなった。
以上の認定事実を前提にして考察するに、鈴木の東医協事務所における営業活動は昭和五二年五月以降同年の夏頃まで続いていたものの、被告会社において鈴木を実質的に指揮監督して仕事をさせるという関係は、同人が退社した同年四月末日に消滅したと解するのが相当である。したがって、被告会社が、鈴木のした不法行為につき使用者としてその損害を賠償する責任を負うことがあるのは、原則として同人が同年四月末日までにした行為についてのみであるといわざるを得ない。
しかし、翻って鈴木の前記不法行為の態様をみるに、鈴木が原告に対し、原告が同年三月上旬頃に純金地金を受け取って間もない頃から同年五月上旬までの間、再三にわたり電話で右純金地金の預入れを勧誘したこと、また鈴木が、結果的には原告に対する勧誘の効果は少なかったものの、木島田津子に命じて同年三月中旬頃及び同年四月下旬頃の二度にわたり右預入れ勧誘等に関する手紙を原告に送ったこと、その結果、原告は、同年五月一〇日前後頃の電話で右預入れをすることを決め、同月一三日に純金地金一〇〇〇グラムを発送するに至り、遅くとも同月一八日に鈴木がこれを受領したことは前記認定のとおりであり、原告本人尋問の結果によれば、原告は、預入れの勧誘を受けた当初は右預入れをする気はなかったが、鈴木及び北川が有利な条件を示して繰り返し勧誘するので、直ちに右地金を使用する必要もなかったことから右勧誘に耳を傾けるに至り、五月に入ってから預入れをする気になったことを認めることができる。右のとおり、原告が純金地金の預入れをすることにつき決意を固めたのは五月に入ってからであるから、その直接的契機となったのは五月に入ってからされた勧誘の電話であったと考えられないではないけれども、他方、本件全証拠によるも、五月に入ってそれ以前とは異なる格別有利な条件を提示したなど、五月に入ってからされた勧誘行為の内容と四月末日までにされた勧誘行為の内容とが截然と区別し得るほど異なるものであったことを認めることはできない。したがって、原告が右決意をし、実際に純金地金一〇〇〇グラムを預け入れたのは、五月にされた電話による勧誘とそれに先立って三月及び四月中に繰り返された電話等による勧誘とが一体となり、複合し加功し合って作用したことによる結果であると推認するのが相当である。すなわち、鈴木による勧誘行為は、三月及び四月にされたものも五月に入ってからされたものも、いずれも原告の純金地金預入れという結果の発生にとって、その原因となる行為であったということができ、両方が相まって初めて右結果を発生させたものと解するのが相当である。そして、このような場合、四月末日まで鈴木の使用者であった被告会社は、鈴木が四月末日までにした勧誘行為が被告会社の業務執行につきされたものである限り、原告が純金地金の預入れにより被った損害を賠償する責任を負うと解するのが相当である。
2 そこで、次に、鈴木の右勧誘行為の業務執行性につき検討するに、被告会社と東医協は、被告会社がその社員を東医協の事務所に常駐させてその組合員に対し純金地金を販売するにつき東医協が協力する旨の契約を締結したこと、右契約に基づき、被告会社の営業部長鈴木が東医協事務所に常駐し純金地金販売の営業に従事したこと、原告は、右営業の顧客となり純金地金一〇〇〇グラムを購入した者であること、原告が右純金地金一〇〇〇グラムを受け取って間もなく、鈴木は、部下に命じて先の購入の際連絡に用いたのと同じ封筒を用いて右純金地金の預入れ勧誘の手紙を原告に送る一方、自ら東医協事務所内の電話を用いて原告と再三連絡をとり預入れの勧誘をしたこと、右勧誘の結果、原告は純金地金の預入れを決意し、これを東医協事務所に送付し、鈴木が同事務所でこれを受領したことは、いずれも前記認定のとおりであり、右事実によると、鈴木の原告に対する純金地金預入れの勧誘行為は、鈴木が被告会社の営業部長の地位を濫用してした取引的不法行為であって、その外形を客観的に観察すると、被告会社の被用者である鈴木の職務の範囲内の行為と認められ、被告会社の事業の執行につきされた行為に当たると解するのが相当である。
なお、被告会社は、この点につき、純金地金を借用し利息を支払うことは、被告会社の目的たる業務の範囲内の行為ではないから、右勧誘行為は被告会社の業務執行とは関係がないと主張し、《証拠省略》によると、被告会社の定款において、同社が営むことを目的とする事業は、「1 金地金、貴金属品、宝飾品、美術品および古書籍の販売 2 貴金属品、宝飾品および美術品の輸出入業務 3 前号に附帯する一切の業務」と記載されていて、純金地金の消費貸借については明記されていないことが認められるのであるが、会社の目的たる業務の範囲とは、単に定款及び登記簿に記載された事項に限局されるものではなく、その目的業務を遂行するため直接又は間接に必要な一切の行為を含むものと解すべきところ(したがって、被告会社の右定款記載目的中、三号の「前号」は「前各号」の趣旨であると解することもできる。)、本件純金地金の借受けは、前記被告会社の定款記載の目的の一号に関連し、付帯する行為といえるから、右借受けが被告会社の目的業務を逸脱しているとはいえないのみならず、そもそも会社の被用者の行為自体が目的の範囲外の行為であったとしても、その行為につき民法七一五条にいわゆる業務の執行との関連性を認める余地がないわけではないから、純金地金を借用することが定款に目的たる事業として明記されていないことのみをもってしては、右行為が被告会社の業務の執行につきされた行為に当たるとする前記認定を覆すことはできないというべきである。
また、被告会社が昭和五二年二月二五日に東医協事務所における営業を一応打ち切ったことは前記認定のとおりであるが、他方、前記認定のとおり、被告会社は、東医協との間の契約を解約することなく、あとの処置を鈴木にまかせていたのであるから、鈴木が退社するまでに東医協事務所内での営業としてした前記勧誘行為は、被告会社の業務の執行につきされたものというを妨げないものである。
三 原告の重大な過失及び過失相殺
そこで、抗弁1(原告における重大な過失の存在)及び同2(過失相殺)について判断する。
まず、純金地金の利息付き消費貸借が被告会社の目的事業として定款に明示されていないことは前記認定のとおりであり、売り渡したばかりの純金地金を逆に売主に対して有利な条件で預けるよう買主に再三勧誘する前記認定の鈴木の言動には不自然な点がないではなく、原告が格別の調査をすることなく右勧誘に応じたことについては、やや軽率であったとの評価があり得ないではない。しかしながら、純金地金を販売する会社が純金地金を利息付きで預かって運用益をあげようとすることは、一般に考えられないことではないし、本件貸借を勧誘した鈴木はこれに先立つ純金地金の売買を担当した被告会社の営業部長であって、原告が買受代金を支払った後に約束通り純金地金が送られてきた経緯からみて、原告が鈴木を信用するに至っていたとしても無理からぬところであったというべきである。加えて、原告本人尋問の結果によると、原告は、純金地金の取引については素人の域を出ない者であることが認められるのであって、右純金地金預入れの際、鈴木の勧誘行為がその職務権限内において適法に行われたものであるか否かにつき原告が疑いを持たなかったとしても、直ちに過失有りとして責められるべきであるとはいえない。
また、純金地金預入れの際、鈴木が原告に利息の支払を約した年一割二分の利率自体は、疑いをいだくべきほどの高利率であるとは到底いえず、この点も原告に過失有りとする根拠となるものではない。
更に、《証拠省略》によると、鈴木が原告に対し、鈴木個人名義の純金地金の預かり証を交付していることが認められるが、他方、右預かり証は、純金地金の交付と同時に交付されたものではなく、鈴木において原告が送付した純金地金を受領した後に作成して原告に送付したものにすぎないこと、原告は、右預かり証を受け取った後、鈴木に電話をして同人名義になっている理由を問いただしたが、取引の実際にうとい原告は、結局鈴木に言いくるめられてしまったことを認めることができ、右事実を総合して考えると、鈴木個人名義の預かり証が原告に交付されているからといって、直ちに、原告において鈴木の行為に疑問をいだき損害の発生を未然に防止することが可能であったとはいえないというべきである。
以上のとおりであるから、原告において、純金地金を騙取されたことにつき特に不注意を責められるべきであるとはいい難いのであり、本件不法行為が故意に原告を欺罔したという態様のものであることをも考慮すると、鈴木の行為がその職務権限内において適法に行われたものではなかった事情を知らなかったことにつき、原告に重大な過失の存在を認めることができないのは勿論、損害賠償額の算定につき斟酌すべき過失の存在を認めることもできないと解するのが相当である。
したがって、抗弁1、2はいずれも理由がない。
四 損害
1 前記認定のとおり、原告は、鈴木の欺罔行為により、昭和五二年五月一三日、純金地金一〇〇〇グラムを東医協事務所に発送し、これを鈴木が遅くとも同月一八日に受領し、結局この返還はされなかったのであるから、原告は、右純金地金一〇〇〇グラムの同日における時価相当額の損害を被ったものと認めるのが相当である。
この点について、原告は、本訴提起時である昭和五五年八月一八日又は右欺罔行為に係る契約上の返還期日である昭和五三年五月一八日当時の時価を基準にして賠償額を算定すべきであると主張するが、本件のような財物の騙取に係る不法行為の場合の損害賠償額は、その物を騙取された時、すなわち不法行為が成立し損害賠償請求権が発生した時のその物の時価を基準にして算定するのが原則であり、それ以後の価格騰貴により得べかりし利益を喪失したことの賠償を請求するためには、価格の騰貴及びその騰貴した価格で目的物を処分したであろうこと(特別の事情)が損害賠償請求権発生当時において予見され又は予見可能であったことを要件とするというべきところ、《証拠省略》によると、被告会社及び鈴木は、純金地金の売買を業とする者であったが、純金地金一〇〇〇グラムの時価は、昭和五二年五月一八日には一三九万円、同年九月三〇日、一〇月三日及び四日にはいずれも一三八万五〇〇〇円、昭和五三年三月七日には一四六万円、昭和五五年八月一八日には四五四万五〇〇〇円、昭和五六年二月二四日には三四〇万円、同年三月三〇日には三七三万円、同年六月一日には三五〇万五〇〇〇円、同年七月三日には三〇六万五〇〇〇円、同年一二月一八日には三〇〇万円、昭和五七年二月二三日には二七八万五〇〇〇円となるなど純金地金の時価は急騰急落を含む極めて不規則な変動をみせるものであり(以上の認定に反する証拠はない。)、相場の性質上その騰貴の確実な予測は純金地金売買を業とするものであっても不可能であることは公知の事実であると言って差し支えなく、現実に損害賠償請求権発生時である昭和五二年五月一八日当時において純金地金の時価がその後騰貴を続けることが予見され又は予見可能であったこと並びに原告主張の各日時における騰貴した価格で原告が右純金地金一〇〇〇グラムを売却したであろうこと及びそのことが損害賠償請求権発生時において予見され又は予見可能であったことも、いずれも本件全証拠によっても認めるに足りない。
なお、原告は、前記約定の返還期日までは詐取されたことに気づいていないのであるから、その間に増加した損害の賠償は当然に請求し得ると主張するが、独自の見解であって採用できない。
したがって、原告は、昭和五二年五月一八日当時の純金地金一〇〇〇グラムの時価相当額すなわち一三九万円の損害を被ったものというべきである。
2 原告が、本件訴訟代理人に本訴の追行を委任し、その報酬の支払を約束したことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、請求額、審理経過、認容額その他諸般の事情に鑑み、本件不法行為と相当因果関係を有するものとして被告会社に請求し得べき弁護士費用の額は一三万円と認めるのが相当である。
五 損害の賠償
1 原告が、本件不法行為による損害の賠償として、鈴木から、別表(一)記載のとおり、合計一三八万七〇五〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
2 原告が昭和五六年六月三〇日東医協から三〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、右金員支払が本件と併合審理された原告と東医協との間の当庁昭和五四年(ワ)第一二四六二号事件につき成立した訴訟上の和解に基づいてされたものであること、そして、右訴訟上の和解の内容が東医協は原告に対し、昭和五六年六月三〇日限り、和解金として三〇万円を支払い、原告は東医協に対するその余の請求を放棄するものであることは、記録上明らかであるところ、右事件及び本件の請求の内容、審理経過(これらは当裁判所に顕著である。)並びに弁論の全趣旨によると、右和解金支払は原告が本件に関して被った損害の一部の賠償としてされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 原告に支払われた右1、2の各金員を、民法四九一条の規定により損害及びその遅延損害金に充当すると、別紙損害賠償金充当一覧表のとおりであり、昭和五六年一二月一八日当時の損害残元本一二万一二二六円とこれに対する右同日の翌日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金が賠償されるべき金額となる。
第三被告吉澤に対する請求について
一 被告吉澤の責任
被告吉澤が被告会社の代表者であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、被告会社は従業員数名の小規模の会社であること、鈴木が東医協事務所における営業の企画を被告会社に持ち込んだ際、被告吉澤自身が鈴木と面接をした上同人を被告会社の営業部長として採用し、右営業を担当させることを決めたこと、被告吉澤の下には鈴木を監督する重役等はおらず、被告吉澤は鈴木の直接の上司であったこと、被告吉澤は、鈴木が営業活動をしていた東医協事務所に足を運ぶことがあったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によると、被告吉澤は、単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有していたというにとどまらず、現実に鈴木の選任及び監督を行うべき地位にあり、客観的に観察して、使用者に代わり現実に事業を監督する地位にあったと認めるのが相当である。したがって、被告吉澤は、鈴木が被告会社の事業の執行についてした行為について、代理監督者として責任を負うものである。
二 鈴木の原告に対する不法行為及び被告吉澤の抗弁については、第二(被告会社に対する予備的請求について)において判断したとおりである。したがって、被告吉澤も原告が被った損害のうち一二万一二二六円及びこれに対する昭和五六年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることになり、被告会社の前記賠償義務と不真正連帯の関係に立ってその履行の責めに任ずべきものである。
第四結論
以上のとおり、被告会社に対する主位的請求は理由がないからこれを棄却し、被告会社に対する予備的請求及び被告吉澤に対する請求は、いずれも、一二万一二二六円及びこれに対する昭和五六年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三宅弘人 裁判官 慶田康男 杉原則彦)
<以下省略>